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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和34年(う)102号 判決 1959年10月01日

控訴人 被告人 大洋酒類株式会社 外一名

検察官 山崎金之助

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

本件控訴趣意は被告人両名の弁護人小原正列提出にかかる控訴趣意書、控訴趣意補充書、控訴理由追申書、被告人大洋酒類株式会社の弁護人古屋東提出にかかる控訴趣意書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

不法に公訴を受理したとの論旨について。

弁護人は本件公訴事実における酒税逋脱額は金八十三万八千五百四十円であるにも拘わらず原判決が其の逋脱額を金九十三万八千五百四十円と認定したことは起訴の範囲を逸脱し、不法に公訴を受理したものであるから刑事訴訟法第三百七十八条第一項第二号に該当する旨主張する。原判決挙示の証拠殊に大蔵事務官酒井亮一提出の酒類移出高申告書綴のうち昭和二十九年一月分申告書(記録百八丁)によれば被告会社の昭和二十九年一月分度数二十度の移出石数の申告額は一三〇〇合(即ち一石三斗)であると認められ記録によれば原判決も之と同一の認定をなしたものなるところ、本件起訴状の附表中右同月分、同度の移出石数申告額欄には一三〇〇〇合(即ち十三石)と記載せられていることが明らかである。右の起訴状の附表と原判決の附表との数額の差異が両者の各月の移出石数及び逋脱税額の各合計額にも影響を及ぼし差異を来していること計数上明白である。換言すれば本件起訴状は被告会社の昭和二十九年一月分、度数二十度の移出石数の申告額一石三斗を誤つて十三石と過大に計上した結果、逋脱石数が過少に計算せられ、従つて逋脱税額も過少になり金八十三万八千五百四十円と計上せられるに至つたものであると認められるところ、原判決は起訴状の数額の右の誤りを訂正した結果、其の逋脱税額を金九十三万八千五百四十円と認定するに至つたものと認められる。そうだとすれば原判決は証拠に照して本件起訴状の附表記載の数額の誤謬を訂正して認定したにすぎないのであつて、本件起訴にかかる酒税逋脱犯と原審認定にかかる酒税逋脱犯とは事実の同一性に何等の変更がないから、原審は所論の如く不法に公訴を受理したものでもなく、審判の請求を受けない事実につき審判したものでもない。論旨は理由がない。

事実誤認及び理由不備の論旨について。

併し原判決挙示の証拠(但し表外次の大蔵事務官に対する質問顛末書とあるは、表外吉の同顛末書の誤記と認める)を綜合すれば被告人谷崎吉太郎は被告人大洋酒類株式会社の代表者取締役として同会社の業務に関し不正に酒税を免れようと企て、同会社取締役池守儀信、同会社工場長森正一(原判決に長森正一とあるは、森正一の誤記と認める)等と共謀の上、原判決の附表記載のとおり(但し其の調査額欄税額の各月合計額が八、四九八、二三〇円とあるは、九、四九八、二三〇円の誤記と認める)昭和二十八年九月から昭和二十九年一月迄の五ケ月間に焼酎合計六百六十七石一斗二升二合を移出販売したにも拘わらず、此の事実を正規の帳簿に記載せず、且つ毎月の移出石数申告にあたり焼酎合計六百一石三斗二升二合を移出販売したにすぎない旨虚偽の申告書を所轄礪波税務署長に提出し、よつて同署長をして夫々該申告書どおりに酒税額の調定をなすに至らしめ、以て酒税合計金九十三万八千五百四十円を逋脱したものであることが認められる。弁護人は被告人谷崎吉太郎は本件逋脱犯につき共謀した事実はないから原判決は事実誤認又は理由不備である旨主張するけれども、大蔵事務官の池守儀信に対する昭和三十三年二月十九日附質問てん末書謄本第四項中「昭和二十七年頃業界は値引、招待、景品付売り等乱売が著しくそのために被告会社も苦境に立ち、社長谷崎と相談の上、脱税を計画し地元の小売酒屋に販売していたところ、昭和二十九年二月金沢国税局に其の脱税事実を発見された」旨右池守儀信の供述記載(記録七百四十五丁)、検察官に対する池守儀信の昭和三十三年二月二十五日附供述調書抄本中「出目だけの操作では期待した程の石数を捻出することができなかつた事から、社長とも相談の上で、技師に対し蒸餾歩合を落すことや、濃厚仕込をする事についても研究しておく様に指示したのであります」との旨の同人の供述記載(記録七百七十五丁裏)、検察官に対する森正一の昭和三十三年五月六日附供述調書中「池守は私共にできるだけ多くの出目を取る様に申しており谷崎社長も私がそれに苦心しているのを見て良くやつている、御苦労だという様な態度であつて、そのような不正な事をやめろ等とは申したことはなかつた」旨の同人の供述記載(記録四百七十三丁)その他原判決挙示の原審第一回公判調書中被告人谷崎吉太郎の被告会社代表者及び被告人としての陳述記載、同被告人の大蔵事務官及び検察官に対する各供述調書原本又は勝本殊に検察官に対する被告人谷崎吉太郎の昭和三十三年四月三日附供述調書中「(第二項)昭和二十七年頃からは競争の為め値引をして売らねばならず、そのためには焼酎を水増して申告高よりも多く売出しておりました。此の事については池守や森が私に競争の為めに値引しなければならんと申しましたので私は焼酎に水増をして量を多くして売る様に申しお互に話合をして其の様な不正な脱税をする様にしたのであります。(第三項)此の様な脱税をするについては製造担当の森正一、販売担当の池守儀信と私が相談をした上、大体は池守から外交担当員に其の事を伝えて正規の帳簿外で販売して来る様に命じていたのであります。(第七項)此の様な事は昭和二十七年頃から昭和二十九年頃までやつておりました」なる旨同被告人の供述記載(記録五千六百三十七丁以下)を綜合すれば被告人谷崎吉太郎は原判示のとおり池守儀信、森正一と共謀の上、本件酒税の逋脱を図つたことは明らかである。次に弁護人は被告人谷崎吉太郎の右各自供調書は同人の被拘禁中における強制、拷問、又は脅迫の類により或は同人の被告会社又は池守儀信等に対する特殊の配慮等により不任意且つ真実に反する供述に基いて録取せられたものであつて、証拠能力も証明力も有しないものであり、且つ弁護人は当審において、原審における該供述調書を証拠とすることについての同意を撤回し、改めて不同意を表明する旨主張する。記録によれば原審第三回公判において検察官より該供述調書の取調請求に関し被告人及び弁護人より何等の異議申立もなく、証拠とするにつき同意の陳述をし、原審は右供述調書の証拠調を施行し、爾後原審第六回公判において口頭弁論を終結するに至るまで被告人弁護人より該供述調書に対する異議申立はもとより同意の撤回は毫も主張されなかつたことが認められる。従つて該供述調書における前記任意性に関する主張及び該供述調書に対する同意の撤回は控訴審たる当審において始めて陳述せられたわけであるが、原審において主張せられなかつた供述調書の任意性に関する主張及び同意の撤回を控訴審において始めて主張することは事後審たる控訴審の性格と相容れず原則として許容されないところと謂わねばならないのみならず、該供述調書における被告人の供述記載の内容を検討するに、被告人の供述記載内容は他の証拠によつて認め得る本件事犯の態様及び其の前後の事情その他の情況と照応して間然するところなく合致し、任意に真実を吐露しているものであることを看取するに十分であり、該調書の形式と相俟つて、所論の如き証拠能力及び証明力を欠くものとは認められない。従つて亦これを理由とする該供述調書に対する同意撤回の主張の如きは到底採用の限りでない。

次に弁護人は本件の焼酎の中には被告会社製造にかかるものの外、他より譲り受けた焼酎も存し、此の譲り受けた焼酎の引取乃至販売の場所は被告会社の酒類製造場以外の場所であつたものの如く従つてその分は被告会社の酒類移出石数申告義務を伴わないものであるから原判決には事実誤認が存する旨主張する。なる程森正一及び池守儀信の検察官に対する各供述調書原本及び抄本(記録四百七十一丁以下)大蔵事務官の山田みどりに対する質問顛末書(記録三千八十丁以下)及び原判決挙示の証拠を綜合すれば被告会社は昭和二十七年三月頃より昭和二十八年六月頃迄東京都墨田区業平橋附近に居住せる食料品商山田重太郎より同人の密造せる焼酎を譲り受けて、之を販売していたものとなるところ、同人は昭和二十八年八月三日死亡したため、雨後被告会社は同人との密造焼酎の取引をやめるに至つたこと、同人より譲り受けた焼酎は価格が低廉なるため売れ足が早く譲り受け後約一ケ月程で売り払い昭和二十八年九月頃には右譲り受けの焼酎は在庫品がなくなつていたことを夫々看取し得るのであり、其の他原判決認定にかかる昭和二十八年九月より昭和二十九年一月迄の本件焼酎には所論の如き被告会社又は被告人谷崎が他より譲り受けた焼酎の移出販売は之を認めるべき証拠がない。

更らに所論は原判決が主文において被告会社に対し各月別毎に夫々罰金刑を量刑処断しているにも拘わらず其の理由においては酒税逋脱額の合計額九十三万八千五百四十円を判示するのみで各月別の逋脱石数と逋脱額を判示しなかつたのであるから、原判決は理由を附さない違法がある旨主張する。併し原判決が主文において各月別に被告会社に対し罰金を量定処断したことは所論のとおりであるが其の理由説示にあたり所論各月別の逋脱石数及び逋脱税額を原判決添附一覧表にゆずり、右一覧表には所論各月別の右計数を明らかに判示しているのであるから、原判決に理由を附さない違法は存しない。

次に弁護人は原判決において認定した虚偽申告における移出石数につき原判決理由の記載によれば六百十三石二升二合と認定し原判決の附表によれば六百一石三斗二升二合と記載されており其の石数が相違し十石余の誤差があるものであるから原判決には事実誤認又は理由にくいちがいがある旨主張する。なる程原判決の記載によれば所論のとおりの二種の相違する移出石数の記載の存することが認められる。併し右は原判決の附表記載の数額(六百一石三斗二升二合)を以て正当とすることは前認定のとおりであるが、原判決自体を検討するも其の附表の調査欄及び逋脱額欄における各月別石数の計数を対照通算すれば右附表申告欄の六百一石三斗二升二合が正確であつて、原判決理由記載の虚偽申告における移出石数六百十三石二升二合は明白な計数上の誤記と認められるのであるから、かかる明白な誤記を捉えて以て判決に影響を及ぼすべき事実誤認ということを得ないのみならず判決理由にくいちがいの存する場合にも当らない。

次に所論は原判決の認定によれば実際の焼酎移出石数につき原判決理由においては六百六十七石一斗二升二合との記載があり原判決附表の調査額欄においては六百六十七石一斗二升二合との記載があり両者間に数量の齟齬(一升)があるから判決の理由にくいちがいが存する旨主張する。原判決に所論の如き計数上の齟齬の存することは原判決の記載より認め得るところであるけれども、原判決附表記載の昭和二十八年九月より昭和二十九年一月迄の五ケ月間における各月の調査額欄中の移出石数を合算すれば同表合計欄の六百六十七石一斗二升二合なる記載を以て正当な数額なることが明らかとなるのであつて、原判決理由中の移出販売石数六百六十七石一斗二升二合なる数額は明白な計数上の誤記であると認められるのであるから、かかる明白なる計数上の誤記を以て直ちに判決理由にくいちがいの存する場合に該当するものとして破棄の理由とするに足らぬ。要するに事実誤認及び理由不備の各論旨はいずれも理由がない。

審理不尽又は訴訟手続の法令違反の論旨について。

所論は本件起訴状記載公訴事実の本文と其の附表との間に焼酎の石数、酒税逋脱額等に関する数字に相違する点があるにも拘わらず、原審が之を看過して審理判決したことは審理不尽である旨主張する。記録によれば本件起訴状公訴事実と其の附表との間には前段説示の原判決における実際の焼酎移出石数額についての計数上の齟齬(其の差一升)と同一の齟齬する記載が存すること及び起訴状の附表中調査額欄税額の合計額(最下段表示のもの)八、四九八、二三〇円なる数額の記載せられていることを認め得るところであるけれどもこれらはいずれも昭和二十八年九月より昭和二十九年一月迄の五ケ月の各月分の数額を合算することによつて、合計額の数額(即ち移出石数については六百六十七石一斗二升二合、税額の九、四九八、二三〇円なる数額)を夫々知り得るのであるから、たとえ原審が右の齟齬を検察官に対し指摘し、釈明を求めなかつたとしても、之を以て直ちに判決に影響を及ぼすべき審理不尽というには当らない。

次に所論は原審が第四回公判期日において被告会社にかかる被告事件を被告人谷崎吉太郎にかかる被告事件と分離し乍ら第五回公判期日及び判決言渡期日に之を併合しないまま右両被告事件の訴訟手続を追行したことは判決に影響を及ぼすこと明らかな訴訟手続上の法令違反である旨主張する。併し記録によれば原審が第四回公判において被告会社にかかる被告事件を被告人谷崎吉太郎にかかる被告事件と分離したことは所論のとおりであるけれども、其後の昭和三十四年三月十日(公判期日外)において右被告事件を併合して審理する旨決定し、此の決定謄本を検察官弁護人の双方に送達した後、両事件を併合して訴訟手続を追行していることが明らかであるから論旨は理由がない。(記録第十一冊五千七百四丁)

擬律錯誤の論旨について。

弁護人は仮りに池守や森等にさ偽その他不正の行為により酒税を免れようとした事実があつたとしても、被告人谷崎吉太郎には之に対し加功又は参画した事実がないのに原判決が同被告人に対し酒税法第五十五条第一項第一号第六十一条但書刑法第六十条等を適用し有罪の処断をなし、又当時同被告人を代表者としていた被告会社に対しても酒税法第五十五条第一項第一号第六十二条第六十一条本文刑法第六十条を適用して有責の処断をなしたのは判決に影響を及ぼすべき法令違背である旨主張する。併し乍ら被告人谷崎吉太郎が被告会社の経営の苦境を打開すべく池守、森等と共謀の上本件犯行に及んだことは前叙判示のとおりであるから、之に対し原判決が所論法条を適用処断したことには何等の法令違背が存しない。

次に所論は本件は国税犯則取締法に基く通告を履行しなかつたため告発訴追をみた事件であるから被告人谷崎吉太郎に対しては罰金を選択すべきものであつて、原判決が懲役刑を選択処断したことは適用法令を誤つたものである旨主張する。本件が被告人谷崎吉太郎及び被告会社において国税犯則取締法に基く通告処分不履行の故に告発起訴に至り原判決が所論酒税法第五十五条を適用処断したことは記録上明らかなところであるが、同条は刑罰として懲役五年以下又は罰金五十万円以下の選択を規定しているのであつて其の選択は事案の軽重等により裁判所の裁量に属するところであり、原審がその自由なる裁量により同被告人に対し懲役刑を選択したことは何等違法と謂うことができない。次に所論は被告会社及び被告人谷崎はいずれも無罪であるべきに拘わらず之を有罪として処遇することは憲法第三十一条第三十九条に違反し且つ罪刑法定主義の原則に違反する旨主張する。併し被告会社及び被告人谷崎は前叙説示のとおり有責有罪であるから、これらを有責有罪として処断することは所論憲法の条規に違反するものでなく又罪刑法定主義に反するものでもない。

量刑不当の論旨について。

記録を精査し被告人谷崎吉太郎の性行経歴、被告会社における地位、本件犯行の態様、被告会社の資本金、営業規模並びに本件事犯による利益其他量刑に影響すべき諸般の情状を綜合斟酌するに被告会社に対する原判示の罰金額及び被告人谷崎吉太郎に対する懲役壱年執行猶予参年の量刑は相当であつて重きに失するものとは認められない。所論の諸点については十分に検討し之を考慮に容れたけれども未だ以て原判決の科刑を変更すべき事由ありとするに至らない。論旨は理由がない。

当審における証拠調の結果によるも叙上各論旨に対する認定を覆えすに足らない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件各控訴をいずれも棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義盛 裁判官 辻三雄 裁判官 干場義秋)

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